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五條珠淑(91歳)さんは、戦前浅草ムーランルージュの元祖アイドルだった。 ニュース記事に関連したブログ

2011/09/17 15:43

 

 「五條珠淑」さんを初めてTVで拝見したのは、今から50余年前、福助足袋が提供する公開番組の審査員を務めていらっしゃる時でした。

 

『源平芸能合戦』(げんぺいげいのうがっせん)は、1957年1月9日1964年10月31日までKRテレビ→東京テレビ→TBSテレビで放送されていた視聴者参加型バラエティ番組である。福助足袋(現:福助)一社提供

出場者2チームを番組タイトルにちなんで、源氏平氏に見立て、歌謡曲浪曲物真似舞踊奇術等の素人芸を披露するという後の3年後の1960年にスタートする毎日放送の『素人名人会』や20数年以上経った1983年に同局でスタートすることとなる『たけしのお笑いサドンデス』といった「テレビにおける、素人による演芸披露番組」の草分けとなる。優勝チームにはスポンサーにちなんで「福助賞」、応援が特に優れていたチームには「応援賞」、(優勝の有無に関係なく)特に目立った活躍した出場者には「個人賞」等といった一つの賞にとらわれず、様々な賞を設けてあるのもこの番組の一つの目玉だった。

 

面長で目が大きく、優しい中にきちんとした物言いをする美しいじょせいだなあと子ども心に憧れたものです。現在91歳で「日本舞踊五條流の家元」として、お稽古に励まれているお姿に接して、敬老の日にふさわしい記事だと感慨深いものがあります。この記事を書いてくださった《札幌支局の藤井記者》さんに感謝致します。

 

 「今でも踊りのお稽古(けいこ)は週に3日はしています。お弟子さんの発表会に出てくださいといわれることもありますし、結構忙しいですよ」と明日待子こと正派五條宗家家元の五條珠淑(たまとし)さん(91)は、札幌市内の稽古場で背筋をピンと伸ばして話す。

 

 本名は須貝(すがい)とし子さんという五條さんは大正9(1920)年、岩手県釜石市で生まれた。

 9歳のときに父親が死去。母親孝行したいと女優を志し、東京にいる姉を頼って松竹蒲田撮影所の門をたたいたりもした。娘さんになったらおいで、と助監督に言われて映画をあきらめた五條さんが次に向かった先が、昭和6(1931)年の大みそかに開館したばかりのムーランルージュ新宿座だった。

 

 8年に13歳で初舞台を踏むと、またたく間に人気者になる。男の子役としてお芝居を演じたほか、踊りや歌でも大活躍。新聞や雑誌などの広告でも引っ張りだこで、カルピスの「初恋の味」初代モデルも務めた。

 

 「演じる方も、明日死んでもいいと思ってやっている。それくらい命がけの舞台でした。だから感激があるんです。とにかく当時は、いい舞台にしたい、みなさんに喜んでいただきたい、というだけで無我夢中でした。」

 

 映画になって「ありがたいことです」と話す五條さんは、自分の人生を振り返って、本当に幸せだったと打ち明ける。

 

 「ただただ前を向いて、好きな踊りをやってきて、こんないい人生はありません。今も元気で毎日が楽しいですし、だからありがたいなと思っています。何もかも無我夢中でやってきたから、運命がこういう風に運んでくれたのかな、と思いますね」

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いいものですね。男の友情って。「黙」の中にじっといて死を受け止めかねている ニュース記事に関連したブログ

2011/08/22 21:58

 

TBS月8ドラマ「大岡越前」で、町奉行と医師伊織役で共演し、公私ともに親友として親交の深かった加藤剛さんの追悼の言葉に、胸がジーンときました。最後の手土産が《中村屋のおまんじゅう》無我さんの父上の大好物だったそうです。人間、死期が近くなると思いだすのは「昔、愛する人と食べた甘いもの」だといいます。

 

 無我ちゃんとは三十年間親友役をつとめてきました。
 
 「大岡越前」で私が町奉行、無我ちゃんが小石川養生所の医師、榊原伊織役。ほんとうの親友より親しい親友役同志でした。
 
 本日喪主になられた竹脇友加さん。無我ちゃんに長女の友加さんが生まれたのは「大岡越前」の撮影が行われていた京都です。私の宿舎の下鴨の方が産院に近かったので、出産のときはお父さんの無我さんより私の方が先にかけつけてしまって何ともカッコウのつかなかった楽しい思い出があります。
 
 最後に無我ちゃんに会ったのは今年の五月二十二日でした。私の舞台公演(月光の海ギタラ)が行われていた新宿紀伊國屋ホールです。
 
 中村屋のおまんじゅうをもってきてくれ「子どものころ親父(竹脇昌(しょう)作(さく)さん)がよくこれを買ってくれたんだよ」といいながら、私にではなくこの芝居の主演を私と分け合っていた私の次男(俳優座 頼(らい)三四郎)にそのおまんじゅうをくれました。「な、親父っていいもンだろう」っていいながら。
 
 「おい、三四郎、お前の芝居が好きなんだ。ファンだよ-お前の後援会長になってやるよ」といってくれたのに-。三四郎も有頂天になっていましたのに-。
 
 あの日が無我ちゃんとの別れになってしまうとは、まさか思ってもいませんでした。
 
 天下の名医、榊原伊織が自らを助けることなく世を去るとは信じられない思いです。
 
 いい絵を描いた無我ちゃんでした。彼の個展でかわいい犬(茶色の日本犬)の水彩画をみました。かつて私の飼っていた犬に似ているので、これを買いました。「余白に何でも好きな文字を入れてやるよ」と無我ちゃんが言うので「犬は黙の中にいる」というフレーズを注文、彼はすぐ筆をとってそれを書いてくれました。
 
 今、その絵をながめています。まさに「黙」の中に私は今じっといて友の突然の死をうけとめかねているのです。
 
 加藤剛

 

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人間は生きてきたように死んでいく「周囲への感謝」と「前向きな人生」が良い死をもたらす ニュース記事に関連したブログ

2011/08/17 10:18

 

今朝の「到知」のメルマガにこんな文章が載っていました。

            柏木哲夫(金城学院大学学長)
        
            『致知』2008年1月号
             特集「健体康心」より
             
           ※肩書きは掲載当時です。


────────────────────────────────────

(これまでに二千五百名もの方を看取られてきて、
 何か発見されたことはありますか? の質問に)
 
 人は生きてきたように死んでいくということです。
 これは私の実感ですね。

 ですから、しっかり生きてきた人は
 しっかり亡くなっていかれますし、
 表現はおかしいけれども
 ベタベタ生きてきた人はベタベタ亡くなっていく。
 
 それから、周りに感謝をして生きてこられた人は、
 我々にも感謝をして亡くなられるし、
 不平ばかり言って生きてきた人は
 不平ばかり言って亡くなっていくんですね。

 
 このことは、よき死を迎えるためには、
 よき生を生きなければいけない、ということを
 教えてくれていると思うのです。

 では、よき生というのはいったい何か。
 
 そこには個人の主観がだいぶ入ると思うんです。
 
 Aさんにとってよき生とはこうだし、
 Bさんにとってよき生とはこうだというふうに、
 人によって皆違う。
 
 ただ、二千五百名の看取りの中で私が感じることは、
 やはり前向きな人生ということ、
 それから周りに感謝できるということ。
 
 その二つに集約されるような気がして仕方がないんです。

 
 物事には必ずプラスとマイナスがありますが、
 物事のプラス面をしっかり見た生き方をしてこられた方々。
 そういう方々の生は、やっぱり前向きで
 よき生なんだろうと思うんです。

 それから、感謝というのはとても重要な
 キーワードだと思うんです。
 
 家族に対して、周りの人たちに対して、
 最後に「ありがとう」と言いながら、
 そして自分も相手からありがとうと
 言ってもらいながら生を全うできるのも、
 よき生だと思うんです。

 そういう生を全うする人を、
 私は人生の実力者と呼んでいるのです。

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 「釜石の奇跡は、かくて起こった」の記事より『致知』2011年8月号 ニュース記事に関連したブログ

2011/08/05 10:48

 

                       
今の政治家より、釜石の子どもたちの方が立派です。     http://www.chichi.co.jp/monthly/201108_pickup.html#pick3

────────────────────────────────────


釜石市内の小中学校での防災教育で、
特に重きを置いたのが“自然に向かい合う姿勢”を
子供たちに与えるということである。

そして彼らに伝えたのが、次に挙げる避難三原則だった。
  

●一つ目は「想定にとらわれるな」。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

端的に言えば、ハザードマップ(災害予測図)を
信じるなということである。

最初に取り組みを始めた鵜住居(うのすまい)小学校は、
マップ上では浸水想定区域外にあったため、
子供たちは「自分の家は安全だ」「この学校も大丈夫だ」と
安堵していた。

しかし、災害時に非常に多いのは、
マップの想定に基づいた行動を取って人が亡くなるケースである。

そこで私は子供たちに、

「ハザードマップはあくまで想定にしかすぎない。
 相手は自然なのだから、どんな想定外のことも起こり得る。
 先生が大丈夫と言ったから安全だ、といった
 受け身の姿勢でいては絶対にダメだ」
 
と伝えた。 
 
 

●二つ目は「その状況下において最善を尽くせ」。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

ここでは、今回の地震発生時、
釜石東中学校の子供たちが取った行動を紹介したい。

三月十一日午後二時四十六分、
約五分間にわたる激しい揺れが続いた。
教頭先生が校内放送で避難を呼び掛けようとしたが、
停電によって音が流れない。

しかし、部活動をしていた中学生は、
すでに揺れている最中から自らの意思で校庭を駆け出し、
隣の鵜住居小学校に向かって
「津波だ。逃げるぞ!」と大声で叫んでいた。

児童たちは当初小学校の三階に避難していたが、
日頃から中学生と一緒に避難する訓練を重ねていたので、
その声を聞いて一斉に校舎を飛び出し、
中学生と合流して避難を始めたのである。

そして彼らは予め指定してあった避難所に辿り着いた。
しかし避難所の脇にある崖は崩れかけており、
海へ目をやると津波が防波堤に当たって
激しい水飛沫(みずしぶき)を上げている。

この様子を見たある男子生徒が
「先生、ここじゃダメだ」と言って、
さらにその先にある施設へと移ることを提案。

無事全員が移動し終えたわずか三十秒後、
最初にいた避難所は津波にさらわれることとなった。

当初、学校は津波に浸からないものとされていたが、
校舎の三階に車が突き刺さっているほどだから、
屋上まで冠水したことは疑いがない。

もし想定にとらわれて、学校や最初の避難所に
とどまっていたとしたら、命を守ることはできなかっただろう。
  
 

●三原則の最後は「率先避難者たれ」。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

もし“その時”がきたら、他人を救うよりも、
まず自分の命を守り抜くことに専心せよ、という意味である。

今回の津波でも、大声を出しながら全力で駆け出した
中学生たちが児童を巻き込み、大挙避難する彼らの姿を見て、
住民の多くも避難を始めた。

子供たちは文字どおり率先避難者となり、
周りの大人たちの命をも救ったのである。

ただし、この三原則で述べられていることは
多くの子供たちにとって受け入れ難いものでもある。

それまで先生の言うことや教科書に
書かれてあることは正しいと教えられてきたのに、
資料を配られて、いきなり「この地図を信じるな」と言われる。

混乱を招いてしまうかもしれないが、
想定にしかすぎない資料を見て安易に
それを鵜呑みにしてしまう人間の弱さに気づかせ、
災害に向かい合う姿勢というものを持たせるのである。


「率先避難者たれ」も、それまで教わってきた
倫理観からすると大きく逸脱しているかもしれない。

自分だけが助かればよいのかという
捉え方になってしまいがちだからだ。

そこで私は、子供たちにこんな話をした。


「人間はいざという時に、逃げるという決断が
 なかなかできないものだ。
 例えば、非常ベルが鳴った時に逃げ出す先生を見たことがあるか。
 ベルの意味合いは分かっていても、
 『ええ、本当に?』と、誰もその情報を
 すぐには受け入れようとはしない。

 皆が疑心暗鬼になってはいるが、
 いまがその時だとは思えずに、周りをキョロキョロ見ている。
 
 “初着情報の無視”とも言うべき
 この人間の習性を打ち砕くには、
 同じことを意味する二つ目の情報を与えなくてはいけない。


 だから君が逃げるんだ。


 君が率先避難者になれ。


 その状況を打ち砕くのは君なんだ」



 すると生徒の表情が少し変わる。



「でも想像してみてほしい。
 非常ベルが鳴った時、最初に部屋を飛び出していくには
 非常に勇気がいる。
 
 何だか弱虫でおっちょこちょいのようだし、
 大抵は誤報で、皆から囃し立てられながら
 再びここへ戻ってこなくてはならない。
 
 けれども、実際に災害が起こると、
 そういう状況の中で大勢の人が亡くなっていく。
 君自身が逃げるという決断をすることで
 皆を救うことができるんだ」


 そして、逃げるという行為がいかに知的で、
 自分を律した行動であるかを言って聞かせるのである。

 このように、彼らには地震や津波の
 “知識”を与えたわけではなく、
 防災へ向かい合う“姿勢”を与える教育を行ってきた。
 
 この先どんな事態が襲ってきたとしても、
 自分の最善を尽くし、生き延びる姿勢を
 持った子であってほしい。
 
 そして今回、釜石市内にある十四の学校の子供たちが
 それを見事に実行してくれたおかげで、
 約三千人の命が守られることになったのである。

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危機に際して身を護る ニュース記事に関連したブログ

2011/07/23 11:55

 

“津波てんでんこ”の教えに学ぶ【家族の信頼感】

 

       「釜石を救った教え “津波てんでんこ”」
       
       
            片田敏孝(群馬大学大学院教授)
 
        
            『致知』2011年8月号
            「釜石の奇跡は、かくて起こった」の記事より
       http://www.chichi.co.jp/monthly/201108_pickup.html#pick3

 

 釜石市内の小・中学校での防災教育は、
 年間五時間から十数時間行ったが、
 子供たちに教えたことを彼らの中だけで完結させてしまうと、
 家庭や地域へと広まってはいかない。
 
 そこで私は授業の最後に次のことを問い掛けた。
 
 
 「君たちは先生が教えてきたとおり、
   学校で地震に遭えば絶対に逃げてくれると思う。
   だけど、君たちが逃げた後に、
   お父さんやお母さんはどうするだろう?」
 
 
 すると、子供たちの表情は一斉に曇る。
 
 お父さんやお母さんは自分のことを大事に思うがゆえに、
 学校まで自分を迎えに来るであろうこと、
 そしてその帰結がどうなるかが想像できるからである。
 
 
 私は続けてこう話をした。
 
 
 「きょう家に帰ったら、お父さんやお母さんに
  君たちが教えてあげるんだ。
  
  『いざという時は、僕は必ず逃げるから、
   お父さんやお母さんも必ず逃げてほしい』
   
  と。そのことを心から信じてくれるまでちゃんと伝えるんだ」
 
  
 その日は授業参観日だったため、
 子供たちだけがいる場でそう言い聞かせた一方、
 保護者が集まっている場所へも行き、次のように話をした。
 
 
「私が行った授業を踏まえ、子供たちはきょう、
“いざという時は、僕は必ず逃げるから、
 お父さんやお母さんも必ず逃げてね”と一所懸命に言うと思う。
 
 あの子たちは、お父さんお母さんが、
 自分のことを心配してくれるがゆえに
 命を落としてしまいはしないかと心配している。
 
 でも皆さんも、子供たちが絶対に逃げてくれると
 信用できないと、自分一人で逃げるという決断が
 なかなかできないだろう。
 
 だから、その確信が持てるまで、
 きょうは十分話し合ってほしい」
 
 
 そして最後にこんな話をした。
 
 
「東北地方には“津波てんでんこ”という言い伝えがある。
 津波がきたら、てんでんばらばらに逃げないと
 家族や地域が全滅してしまうという教訓だ。
 
 しかし、これを本当に実行できるだろうか。
 
 私にも娘が一人いるが、例えば地震がきて
 娘が瓦礫の下敷きになっていたとしたら、
 たとえ津波がくることが分かっていたとしても、
 たぶん私は逃げないと思う。
 
 どう考えても逃げることなどできない。
 
 にもかかわらず、先人はなぜこんな言葉を
 残してくれたのだろう。
 
 私はその真意を考えた。
 
 
 おそらくこの言葉には、津波襲来のたびに、
 家族の絆がかえって一家の滅亡を導くという
 不幸な結果が繰り返されてきたことが背景にある。
 
 その苦渋に満ちた思いとともに
 我々の先人が残してくれたのが、
 “津波てんでんこ”という言葉ではないか。
 
 その意味するところは、老いも若きも、
 一人ひとりが自分の命に責任を持てということ。
 
 そしていま一つの意味は、家族同士が
 お互いに信じ合っていることが
 大事だということではないだろうか。
 
 
 子供は、お母さんは
 必ず後からちゃんと迎えに来てくれると、
 お母さんを信頼して逃げる。
 
 一方、お母さんは、子供を迎えに行きたいが、
 我が子は絶対逃げてくれているという信頼のもと、
 勇気を持って逃げる。
 
 これは家族がお互いに信用し合っていなければできない。
 
 “津波てんでんこ”とは、
 自分の命に責任を持つということだけではなく、
 それを家族が信じ合っている。
 そんな家庭を築いておけ、という意味ではないだろうか」

 

 

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北海道では、結婚式は会費制、香典返しは525円の海苔かお茶 ニュース記事に関連したブログ

2011/06/28 22:29

 

半月前、夫の父親の葬式がありました。

北海道式では、香典の半返しはありません。

5千円でも、1万円でも、525円の海苔だけです。

でも、本州の親類からの香典には3分の1を返すことにします。郷に入りては郷に従えですから。。。

そうそう、私の結婚式は、札幌グランドホテルでしたが、やはり会費制でしたよ。現在の会費はホテルでも、1万2千円くらいかな?

【from Editor】

 東京の知人が、今はやりのレストランウエディングで結婚式を挙げることになった。会費制というので気軽な立食形式なのかと思ったら、フルコース料理の出る本格的な披露宴だそうで、会費制と言いながら会費以外にご祝儀を包む人も少なくないという。

 だったら会費制にする意味がないんじゃないか、と思って調べてみたら、会費制結婚式の発祥の地は北海道だった。京王プラザホテル札幌でブライダル関係を担当する溝口綾佳さんによると、北海道ではほとんどのカップルが会費制で行い、特に友人らが発起人となって主催する「結婚祝賀会」が伝統なのだそうだ。もちろん、たいていは会費以外は包まない。

 そのルーツは諸説あるが、その昔、開拓民として北海道に移り住んできた人々は裕福ではなく、結婚式を挙げる費用もままならなかった。そこで友人、知人らが自分たちで食べ物や飲み物を負担して新婚の2人を祝福しよう、というところから始まったらしい。さらに出身地によって文化が異なるため、どれか一つの形式に固定できなかったこともあるという。

 札幌ブライダル専門学校にも聞いてみたが、おおむね同じ説明だった。「もともと移民同士で、見知らぬ人とも手を組んで生きていかないといけない。困ったときはお互いさま、お返しはいいから、という精神なのでしょう」と職員の中村祐美さんは推測する。

 こういう相互扶助の精神は、こちらにいるとさまざまな場面で遭遇する。取材先では、いまそこで取れたから、とか、ちょっともらったから、といって、野菜やお菓子などを気前よく分けてくれることが多い。

 相手を思いやる気持ちはプロ野球北海道日本ハムファイターズの試合観戦にも表れていて、打てない打者、勝てない投手ほど熱い声援を受ける。開幕直後、ずっとヒットが出ていなかった中田翔選手に対し、ひときわ大きな拍手が送られていたのには驚いた。某球団だったら逆に激しいヤジが浴びせられるところだろう。スーパールーキーの斎藤佑樹投手が「北海道の人は温かい」とコメントしたのは、あながちリップサービスというわけでもないのだ。

 東日本大震災の被災者に対し、多くの道内の企業が「いま、北海道にできること」のスローガンで支援キャンペーンを行っている。この相互扶助の精神を日本中に広めることこそ、北海道にできる最大の支援かもしれない。(札幌支局長 藤井克郎)

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3月11日東日本大震災で若者の価値観に大きな変化が生じました。 ニュース記事に関連したブログ

2011/05/30 11:14

 

石川県白山市鶴来町に建つ「白山比め神社」では、平日だというのに、子連れの若い男女の姿が目立ちました。縁結び・夫婦和合の神さまの御利益を得て、感謝のお礼参りのようでした。

 

 個人の情報発信の場であるソーシャルメディア上から、能動的な感情表現である「…したい」という言葉を100ほどピックアップし、(1)「買いたい」など購買意欲を示す言葉(2)「学びたい」など挑戦意欲を表す言葉(3)「食べたい」など外食・レジャーに関連する言葉(4)「結婚したい」などの愛情に関する言葉(5)「休みたい」など休息意欲を表す言葉-の5つのカテゴリーに分類。震災前と震災後の書き込み数の変化(今年1月30日~3月12日までの6週間の書き込み数の平均値を100として週別比較)を分析した=グラフ。

 「買いたい」など購買を意識した言葉の書き込みは、震災時に大きく減少し、その後2週間程度で震災前の90%程度まで回復しているが、4月末に至っても震災前の水準まで回復していない。また、「学びたい」や、「食べたい」に分類した感情表現のいずれも震災時に大きく減少。「少し様子見しよう」「落ち着くまで待つ」といった書き込みも多く見られ、この2つはいずれも震災前水準の90%程度で推移している。

 一方、書き込み数が増えた感情表現も見られた。「結婚したい」など愛情に関する表現で、震災の翌々週には2月以降で最高の書き込み数を記録し、徐々に減少傾向にはあるものの震災前よりも高い水準を維持している。「休息したい」という感情も同様な傾向がみられた。

 今田氏はこれらの調査結果について、「自粛ムードもあり、消費者も遊びに行ってよいのかなど疑問を持ちながら生活していた結果ではないだろうか。逆に、愛情や休息などは震災直後から上昇傾向がみられる。先行き不安のなかで、安心・安定を求める気持ちが増えているのかもしれない」と分析している。

 

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こぶし咲く北国の春、津軽海峡を超えると梅より桜が先に咲きます

2011/05/08 21:14

 

御前崎市付近でマグニチュード8以上の大地震が起きる確率87%、明日にも起きるかもしれないのだから、地震対策が万全といえる状態になるまで「2年間」停止するよう、菅首相は『歴史に名を残す』最期の機会と見て、中部電力に要請したものでしょう。ここは、首相の顔を立てて、花を持たせてあげて欲しいと思います。よろしくおねがいいたします。

(写真は小樽市立銭函小学校舎と北こぶしの花です)

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ディズニーランドのサービスリカバリーとは

2011/04/15 22:20

 

大島さんのブログで東京ディズニーランドが営業再開したことを知った。

http://oshimas.iza.ne.jp/blog/entry/2244686

ディズニーランドのリピーター率が90%、その秘密はキャストという準社員の「サービスリカバリー」だという。はじめて聞く言葉だったので、調べてみると、次のようなブログ記事と出会った。

 

以下引用です。

http://ameblo.jp/kanpaiwatami/entry-10648260931.html

ディズニーランド独自のルールの一つに
「サービスリカバリー」というものがあります。

これは、ゲストがもし笑顔で返れなくなりそうなことがあれば、それをフォローするサービスをする、というものです。

ある日、香取さんが家族でディズニーランドに行った時、子供にねだられてポップコーンを買わされたそうです。

ただのポップコーンではなく、首から下げるバケツに入った1300円もするポップコーンです。

で、お兄ちゃんが妹が持っているそのポップコーンを欲しいといって、兄妹で取り合いになって、もみ合ううちに、思いっきりこぼしてしまったそうです。

颯爽とあわられたのは、白い服のスイーパー。
掃除担当のキャストです。

すごいスピードでこぼれたポップコーンを片付け、
唖然としている娘さんの前にかがみ込んで、
「僕がこのポップコーン、満タンにしてくるから
ちょっと待っててくれる?」
と聞いて、すぐさま満タンのポップコーンを持って
戻ってきたそうです。

ゲストの不手際でこぼしたものを、
会社の不利益になるにもかかわらず
迷わず持ってきてくれるところが、ディズニーのすごいところです。
もちろん、ポップコーンだけではなく、
風船やソフトクリームでもサービスリカバリーが発動します。

ミッキーやドナルドだけでなく、掃除係りにいたるまで、
全てのキャストは困っているゲストがいないか、常に見回しているそうです。

他にも、
身長制限のある乗り物でも、サービスリカバリーが現れます。
安全対策とはいえ、1センチでも適正身長に足りなかった子供は
乗りたいアトラクションに乗れません。
当然、乗れないときは残念でたまりません。
そんな子供のために、「未来の乗車券」というのを用意しているそうです。
「○年後にきた時には、最優先でこのアトラクションに乗っていただけます」
というものです。

アメリカでは更に一歩進んで、
アトラクションに乗れなかった子供は、
お客様をアトラクションに乗せる側に回って
演技指導を受けてゲストではなくキャストとして、
アトラクションに関われるようにしているそうです。
本当にゲストを喜ばせるためにいろんなアイディアを生み出すディズニー、
尊敬しちゃいます。

サービスリカバリーは
たとえばお子様の不注意で
料理やドリンクをこぼしたときに、
笑顔で新しいものを出して差し上げるなど、
うちのお店でも早速使わせていただきます!

満席でご案内できなかったお客様へのサービス券も、サービスリカバリーの一つですね。

△△トラックバック△△

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税金で飯を食う研究者はマスコミにもっと顔を曝して!

2011/04/12 14:28

 

問題が生じて、自分の手に負えなくなった時、あなたならどうしますか? じぶんより詳しい人や専門家に相談しませんか。相談できる相手を即座に3人以上思いつける人は、日ごろから防災意識の高い人だと言えます。

 

WINEPブログ 森敏東大名誉教授の提言です。

現役の「土壌・肥料・植物栄養学」関係者はマスコミにもっと顔を曝して!

 

 

 

 

 


http://moribin.blog114.fc2.com/blog-entry-1026.html
事故原発から大気に拡散した放射能が、作物体や土壌に降りそそぎ、植物体内に葉や根から吸収同化転流されるメカニズムなどは、過去における原水爆実験やチェルノイブイリ原発爆発事件以降これまでに、実は日本でも世界でも数多くの研究がなされている。

    
放射性同位元素の土壌での挙動や、植物体に吸収されてどのように動くか、などに関しては、土壌学や肥料学や植物栄養学のまさに専門の領域である。そして、この方面のこれまでの地道な研究成果が現在の、農水省から次々と打ち出される行政にも反映されているのである。

 
小生が紹介している移行係数(TF:Transfer Factor)などは、多くの作物についてのデータが日本人によって精緻な研究がなされており、農水省が今まさに、放射能汚染の農地の耕作可否の判断の基準に用いている指標なのである。

   
にもかかわらず、この原発事件後1か月間のさまざまなニュースの中で、土壌学や肥料学や植物栄養学の現役の研究者たちの世間に対する発信力は非常に弱いと思う。むしろ他分野の、土壌や植物の専門でない研究者が、初歩的な事実をわかりやすく紹介してくれている。さすがに肥料に関しては皆目わからないので語れない様子だが。

     
研究者はなにも地道なことがいいのではない。
大学や国立研究機関の研究者たちは、こういう一朝有事(国家存亡の危機)のときに社会貢献するためにも、普段は国民の税金を使わせてもらって、大好きな基礎科学をやらせてもらっているのである。

     
現役の中枢にいる研究者たちは、乞われれば、積極的にマスコミにも顔を曝して、どんどん自分の専門領域からの提言を開陳すべきではないだろうか。現場の、解決が困難な農業問題となんらかの形で自分なりにかかわることによって、自分の学問も失敗や非難の中で鍛えられるのである。じっさい農学は観念的にではなく、そのようにして実践的に鍛えられてきたのである。
     
いままさに、研究者は鋭角的にタコツボを掘る能力ではなく、総合的な企画能力が問われていると思う。


税金で飯を食う農学研究者達は、放射能汚染した土壌・河川・海の修復をどう行うべきかを、真剣に英知を集めて世間に提言しなければならないと思う。いや、世界に向けて発信しなければならないと思う。


世界の海に放射能を積極的に垂れながしているのだから、何もしないことは悪であると思う。
 

 

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